医療AIアプリの開発を通して、MBAの必要性を感じた
これまでのご経歴をお教えください
日本医科大学医学部を卒業後、同大血液内科に入局しました。大学では同級生の3割くらいが「親が医者」という感じでしたが、わたし自身はそうではありませんでした。
入局後は白血病を始めとする血液疾患患者の治療を行い、白血病細胞の遺伝子異常に関する基礎研究や悪性リンパ腫に関する臨床研究などを行っていました。大学病院ということもあり、移植をしたり、重症患者の集中治療室(ICU)での集学的治療などを行なったりしていました。
救急当直や外来診療、医局派遣で市中病院での勤務も行いつつ、医師としての臨床能力を磨いた後は、医療AIアプリの開発を始めました。大手企業も関わるプロジェクトとなり、企業関係者とのやり取りの中で、市場価値やROI、WACCといった医学以外の知識が必要になりました。逆に言えば、そういった知識があれば自ら起業できるのではないかと考えるようになりました。起業できれば、ステークホルダーや企業のビジネスモデルなどの影響をなるべく受けずに、最大限人や社会のためだけになる、より洗練されたものを作れます。そこで医学外の知識を身に付けようと思い、大学病院での臨床業務や医学研究、医療AIアプリ開発の傍ら、マサチューセッツ州立大学MBAへの入学を決意しました。
お勤め先の業界が、どのようなビジネスモデルかをお教えください
医者視点でのビジネスモデルは、一般的なものとは異なる部分が多いです。法律で決められた診療報酬がありますから、医者になりたての新人でも、30年勤務のベテランでも、同じ手術は同じ点数になりますので。技術を高めて評判を上げ、件数をあげていくことで利益があがりますが、そのためというよりは、患者さんのために日々自己研鑽を積んでいる医者が多いと思います。
担当業務については先ほどもお話しした通り、血液内科で白血病を始めとする血液疾患患者の治療を行っていました。臨床研究、移植、ICUでの集学的理療など、幅広い治療を行うと同時に、医療AIの開発にも携わりました。
なぜMBA取得を考えられましたか。きっかけと課題感をお教えください
医療AI開発がきっかけです。現在の日本にはない、社会の画期的なインフラになるような医療AIアプリの開発を自身で行っていました。これは間違いなく人や社会が求めているものであり、日本の医療の前進に大きく貢献するものであると感じていました。ところが、開発に際して、プログラミングやサイバーセキュリティなどの面で財務的かつ技術的な壁がありました。そこで、そういった分野に秀でている企業に勤めていた友人に関係者を紹介してもらい、幹部の方々と幾度もの話し合いをし、本格的な開発が始まりました。やり取りの中で、今まであまり知らなかった財務的・経営学的概念を理解する必要性を感じ、MBAの取得を考え始めました。
学問を突き詰めるには、世界共通語である英語で学ぶべき
スクール選びの優先順位とその理由は?
スクール選びで最も重視した点は、米国時間のオンラインで取得できるかどうかです。医師として働いているので、日本であれ海外であれ直接スクールに通うことはできません。米国時間で講義が行われるオンラインスクールであれば、米国の午前授業開始時間が日本の夜間に当たるので、講義を受けることができます。マサチューセッツ州立大学は、米国時間のオンラインスクールの中でもフレキシブルな時間で学習できる講義が多く、働きながらでも卒業可能だと考えました。
学費とAACSB認証等を基準に、イギリスやアメリカの他大学も検討しましたが、日本のMBAは候補にありませんでした。これは、わたし自身が英語で学ぶことに抵抗がなかったのと、世界の多くのものがアメリカ基準で作られていっているということが理由です。
なぜ海外MBA、かつAACSB取得の米国MBAである必要がありましたか。また、オンラインであることをどう考えましたか
MBAは、医学やプログラミング言語、人工知能などと同様に世界共通の学問であり、基本的に英語で学ぶべきものと考えていました。むしろ英語で学ばなければ学問としての情報量が減ってしまいますし、海外の関係者ともやり取りができるようになりません。医療業界でも、最新の情報は英語で発表されます。論文を読むにしても、新しい知識を得るにしても、どうしても日本語だけでは不十分です。インプットをするにせよ、アウトプットをするにせよ、世界共通の学問は世界共通言語である英語で学ぶべきだと思いました。
英語で学べるMBAの中にはイギリスなどのスクールもありましたが、日本で働きながらの学習には米国標準時が向いていました。また、わたしは中学生の頃からアメリカ英語をベースに学んできたこと、さらに将来的にアメリカに留学することはあってもイギリスに留学することはないだろうと考えたことから、米国MBAを選択しました。加えて、米国MBAの質や価値が担保されているであろうAACSB認証校を選びました。
働きながらのMBA取得だったため、オンラインであること、そして日本時間で夜間帯の授業であることが、どちらも必須の条件でした。
開始前の英語力は
開始前の英語力は、特に英語という意識や認識を必要としないような状態でした。客観的には英検1級、TOEFL 100点, 米国医師国家試験(USMLE) 260点を取得していました。医学部生の頃は全教科英語で勉強しており、3年次にNIHに基礎研究留学、6年次にLos Angelesの病院に臨床留学などもしていました。日常的に英語論文を読み、CNBCを聞き、YouTubeやNetflixも英語のものを好んで見ています。英語を勉強するという感覚は高校生の頃までで、大学からは英語で医学や何かしらの情報を学ぶという感覚で過ごしてきました。
一方で、米国大学院卒業という観点から見れば求められているのは論述の内容や分析の方法、自分の考えを論理立ててしっかりと証明できているかどうかという点であり、英語力よりもMBAという学問の本質を捉え、理解することの方が重要です。入学要件を満たしている方であれば、英語力は気にしなくても大丈夫かと思います。
基礎、上級の二段階式カリキュラムをどう受け止めましたか
医学部生時代は試験等が日本語で書かれていたため、英語で学んだ内容と日本語の内容のすり合わせを常にしなければいけませんでしたが、医師として働き始めてからはその過程が仕事全般において役立ちました。基礎課程でも同様に、教科書や課題は英語でありながら授業は日本語+英語で行ってくれます。これは卒業後を含め、書店で売られている日本の本を読むときに非常に役に立ちました。日本の企業の方と話すときにも、相手は大抵日本語の専門用語を使って話すため、英語だけで学んでいては正確に理解できないこともあります。MBAを英語で学ぶことは大切ですが、日本で仕事をする以上は、日本語でもインプット・アウトプットが可能な状態でいなければなりません。二段階式カリキュラムで基礎課程があることで、日本語と英語でのすり合わせができる機会となり、非常に効果的であると感じました。
上級課程では授業も課題も試験も全て英語となり、世界に通じる知識をより洗練させて学ぶことができ、世界基準で専門性を高めることができたと思います。
他業種、多国籍の方々との議論で、見える世界が広がった
印象に残っている科目とその理由をお聞かせください
どの教科も特徴的であったため、受講した教科はどれも強く印象に残っています。特に印象的な教科としてはAccounting Information for Managing Decisions (AIMD)とStrategy Formulation and Implementation (SFI)の2つです。AIMDでは管理会計や財務会計の計算問題を数百問ほどひたすら解く必要があり、辛さを感じつつも、アウトプットによって会計の知識を体系的に身に付けることができました。
SFIではThe Wall Street Journalの記事を毎日読み、記事の中の企業を毎週1つ選択。ファンダメンタル分析から外部環境分析、競合分析に至るまで全ての教科の知識を総動員して分析し、更なる企業成長のための財務的にも実現可能な戦略を練り、実行プランを分析・仮説検証していくというものです。他の人のレポートも読めたので、さまざまな視点からの分析が勉強になりました。実践に即しており、全教科の総まとめのような印象で、一番楽しさを感じた教科でした。
多業種、職種の同期との学びはどうでしたか
そもそも、医師は他業種とのやりとりがほぼなく、病院内の世界で終わってしまうことがほとんどです。各講義を受講している同期には商社、コンサル、金融、マーケティング、外資、ベンチャーなどさまざまな企業のさまざまなポジションの方がおり、授業のディスカッションなどでは幅広い視点から学ぶことができました。教科書だけでは決して汲み取れないそれぞれの経験と実践に即した思考に触れられる大変貴重な機会だったと思います。
とくに上級課程においては、白人や黒人など人種もさまざま、アメリカや中国など国籍も多様でした。人種・宗教・戦争といった問題に配慮しながら議論を行うというのは、日本人同士ではできない経験でした。社会人になってからここまで多国籍かつ多業種の方々と活発に色々な議論を交わすことができたのは、非常に刺激的な日々でした。
英語でのアウトプットに苦労しませんでしたか
苦労はありませんでした。むしろ基礎課程において、英語で得る知識を日本語で確認することができたのが、わたしにとってはとてもよい時間となりました。
入学前の期待値にあっていましたか
入学前の期待値をはるかに超えました。医学は自分自身で突き詰めていく学問だということもあり、入学前は自分でMBAを学ぶんだという意識しかありませんでした。ところが実際に入学してみると、ほぼすべての授業でさまざまなバックグラウンドの方々と議論する機会があり、ひとり学習では決して気付かないような世界観や価値観に触れることで、学問以上の学びを得ました。まさに、入学前とは見える景色が違うといった感じです。一冊の本を読んでも、その解釈が以前より広がっていると感じます。
出会った人たちとはプライベートでも交流があり、今でも貴重な友人・人脈となっていますし、達成感も含め素敵な経験だったと思います。
「この人は凄い!」と感じた学生(同期に限らず)はいましたか?
日中は社会人としてそれぞれの仕事をしつつ、帰宅後の深夜や休日を返上して勉強しており、みなさますごいなと思っていました。特に、子どもがいながら学ばれている方はすごかったです。ディスカッション中に子どもが泣いてしまってあやすために一度離席をしたり、子どもが発熱したから病院に連れて行かなければならなかったりと、予想外の出来事は日常茶飯事です。そんな中でもほかの生徒と同じように膨大な課題や試験をこなさなければならない母親の方々は、一体どのように時間を捻出しているのだろうと驚き、感銘を受けていました。父親の方々も日中は仕事をし、土日は子どもを旅行などに連れて行き、数週間ごとに海外出張をしつつ…と、みなさま気力と体力がすさまじいなと感じていました。わたしは独身なので自分の時間をすべて注ぎ込めますが、家族や、特に子どもがいながら受講される方は本当にすごいと思います。
目標にしていたこと以外にも多くの学びを得た
入学前の課題感と活用イメージは叶いましたか
会計、経済、金融、マーケティング、経営管理、オペレーション、起業などに精通するという目標を持って臨みましたが、それらに加えて選択科目としてデータサイエンス、IT、研究開発などの理学、工学系に関連した講義もたくさんあり、予想外に幅広い知識を学ぶことができました。
学問として学ぶだけでなく、どれも実践に繋がる講義であり、入学前に期待していたものとは比べものにならないほど、見える世界が大きく広がりました。
同期生とのコミュニケーションは続いていますか
同期生だけでなく、大学教授や先輩後輩含め、密にやり取りをしています。プログラミング・機械学習で分からないことがあればGAFAMで働いている人にやり方や問題点を教えてもらったり、治験薬の臨床試験の結果が出るとそこの製薬会社で働いている人に今後の見通しなどの情報をもらったりしています。
逆に彼らが病気になったときには病歴聴取をし、受けるべき検査を伝えたり、検査結果から診断を付けて治療方法を教えたりと、無料のオンライン診療を担当しています(笑)。お互いの専門分野で持ちつ持たれつの関係を築けており、大変貴重な人脈となっています。
学びが実務にどう役立っていますか
新規プロジェクトに対し、市場分析、外部内部環境分析、会計・財務分析、競合分析、実証実験などの一連の分析を1人で行えるようになりました。今後起業や独立をしたとしても、ほぼ全ての業務を独力でこなせる自信が付きました。
さらに、MBAはプロジェクトや企業を幅広い観点から解析するため、財務諸表評価などをはるかに凌駕したさまざまな分析が行えるようになり、株式投資などにも役立ちます。
一方、これは予想していなかったのですが、医師としての仕事にも大きな恩恵をもたらす結果となりました。ヘルスケアマネジメント、組織行動論、リーダーシップ論などの講義があり、多職種の医療従事者が関与する病院という組織において、医師は常にマネージャーとしての立場であり、そのマネジメント力を日々の臨床業務中により意識して行動するようになりました。医学部では医学しか学ばないので、こういった視点での学びがあったのは非常に大きかったです。勤務医であればMBAはあまり必要ないかもしれませんが、親のクリニックを継いだり自身で開業したりするのであれば、リーダーシップ論等の側面からも、MBAで学ぶ価値があると思います。
医師という特殊性から、すぐにキャリアアップや転職があるわけではありませんが、今後の選択肢を広げることができました。
これからMBA取得をめざす方へのアドバイス、激励をお願いします!
病院で移植医療や集中治療をし、医学研究をし、プログラミング・人工知能を使ったアプリ開発をするという中でも、米国MBAを取得できました。もちろん、2年間はプライベートな休憩時間はほぼなかったかもしれません。ただこれは、わたしがあまり妥協のできない性格で、課題や試験の手抜きができなかったが故に過酷な2年間になったというだけで、単に卒業するだけであればそれ程大変なことではないと思います。自分自身では成績を全く意識していなかったのですが、結果的にGPA 3.9以上で卒業したため、卒業要件(GPA 3.0以上)を目標とするのであればもっとゆとりをもって達成できたと思います。多忙な方でも、卒業という観点だけで見れば比較的容易に実現可能かと思います。
一方で、卒業だけを目標にするのはもったいないとも思います。自分が何を身に付けたいのかを明確にし、それを達成できるように行動することが最重要です。一度きりの人生、しっかりとした自分なりの考えを持ち、挑戦したいと思うならば是非とも行動を起こしてください。
Nothing ventured, nothing gained!!