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日本の公認会計士試験において、令和9年(2027年)第一回より短答式試験の一部科目(財務会計論・管理会計論・監査論)で英語問題が出題される。出題範囲は日本語問題と基本的に同一とされ、配点は試験全体の10%に設定されている。
この改定において、会計や監査に関する専門的理解が問われる点に変化はなく、英語力そのものが独立した評価対象となるわけではない。しかし、試験制度の改定には、必ずその資格を取り巻く環境の変化が反映される。試験制度とは、業界が次世代のプロフェッショナルに対して「今後求められる能力」を示すメッセージに他ならない。
本稿では、今回の英語問題出題の背景を実務の変化から整理し、さらにUSCPA(米国公認会計士)試験との比較を通じて、その背後で求められている「本質的な能力」を読み解く。
公認会計士の実務は近年大きく変化している。英語に関わる直接的な変化としては、IFRS(国際財務報告基準)任意適用企業の拡大やクロスボーダーM&Aの増加、そしてそれに伴う「グローバル監査」の増加が挙げられる。企業活動のグローバル化に伴い、監査対象は国内の親会社にとどまらず、海外子会社を含む広範な企業グループ全体へと広がっている。
その結果、公認会計士の「日常風景」は様変わりしている。海外子会社の監査調書を英語でレビューし、現地の監査人や経営陣とWeb会議で直接ディスカッションを行うことが日常的に求められるようになっている。ここで必要なのは、単に英文を和訳する力ではない。会計上の専門的な論点(例えば、減損の兆候や収益認識のタイミングなど)を英語で共有し、経営者の判断の前提や根拠を関係者とすり合わせ、時にはタフな交渉を行うための「実務家としてのコミュニケーション能力」である。
また、会計・監査のルール自体が国際基準と密接に結びついている。IFRSやISA(国際監査基準)は英語で策定・公表されるため、翻訳を待っていては実務のスピードに遅れをとる。基準の趣旨や背景(Basis for Conclusions)の微妙なニュアンスを正確に理解するには、原文へのダイレクトなアクセスが不可欠である。現代の会計士にとって、英語は単なる語学ではなく、「専門知識にアクセスし、最新の状態にアップデートするためのインフラ」となっている。
もっとも、会計士の業務における変化は言語の国際化にとどまらない。より構造的で大きな変化が、ICTやAI(人工知能)の進展によってもたらされている。
従来、人手と時間をかけて行われていた証憑突合や仕訳のチェックといった処理の多くは、AIや監査ツールによって自動化・高速化されつつある。その結果、公認会計士に求められる役割は、「データの集計・検証」から、「AIが抽出した異常値(アノマリー)を評価し、ビジネスの文脈に照らして妥当性を判断する」という高度な領域へとシフトしている。さらに、サステナビリティ開示などの非財務情報の保証や、複雑な経営課題に対するコンサルティングなど、業務領域自体も急速に拡大している。
こうした変化は、言語が日本語か英語かといった表現手段の違いを超えて、コミュニケーションの性質そのものを変容させている。かつては事実や手続きの正確な伝達が中心であったのに対し、現在では膨大なデータから得られた分析結果を解釈し、判断の前提や根拠を論理的に構築し、それをステークホルダーに説明して意思決定を支援することが求められる。
この環境下では、知識を単に「記憶している」だけでは付加価値を生み出せない。保有する知識を未知の状況や異なる条件下で再構築し、活用する能力が必要不可欠である。
今回の英語問題の出題も、受験生の語学力を測るためというよりは、「異なる言語という負荷がかかった状況下でも、中核となる会計知識を正確に引き出し、運用できるか」という、環境適応力の第一歩を問うシグナルと位置づけられる。
変化する時代の中で公認会計士に何が求められるかは、試験形式に表れる。ここで、日本の公認会計士試験とUSCPA試験の特徴を比較する。
日本の公認会計士試験は、短答式で網羅的かつ正確な知識が問われ、論文式試験では深い論理的思考力や法的・理論的な説明能力が重視される。制度上、実務能力は合格後の業務経験や実務補習所を通じて習得することが前提となっているため、試験段階で受験生に強く求められるのは、「体系的理解」と、それを論理的に組み立てて記述する「論理的説明力」である。
一方、コンピュータベース(CBT)で実施されるUSCPA試験は、アプローチが大きく異なる。USCPAのBlueprint(出題指針)には「新任会計士が実務で遂行すべきタスク」が明示されており、評価の軸足は「知識を実際の課題解決にどう使うか」という業務遂行能力(実践力)に置かれている。
これを象徴するのが、TBS(Task-Based Simulation)問題である。この形式では、実務で実際に目にすることの多い資料群が与えられ、受験生は複数の議事録、契約書、メールのやり取り、財務データなどを自ら読み解く。そして、スプレッドシート上で数値を計算し、適切な会計処理や監査手続きを選択・入力することが求められる。すなわち、整えられた問題文を解くのではなく、「雑多な情報から必要なデータを抽出し、現場の状況に合わせて処理する」という実務のシミュレーションそのものが評価対象となっている。
両者を比較すると、日本の試験がゼロから論理を構築して「説明できるか」に重きを置くのに対し、USCPA試験はツールや資料を駆使して現場で「実践できるか」に重きを置く試験と整理できる。
日本の試験における英語問題の導入は、このUSCPAが重視してきた「知識の活用・実践力」の要素を、日本の試験にも取り込もうとする端緒と言える。もっとも、日本では採点の公平性などの制約から、現状ではCBTによるシミュレーション形式は見送られ、短答式における言語表現の置き換えという限定的な形での導入にとどまっている。
こうした両資格の性質の違いは、グローバル化が進む現在、どの資格を目指すかというキャリア選択に直結する。
以前は、日本で会計プロフェッショナルを目指すならば日本の公認会計士試験が唯一の現実的な選択肢であった。しかし、現在は日本国内のテストセンターでUSCPA試験が日常的に受験可能となっている。さらに、外資系企業やグローバル展開する企業はもちろん、日本企業で必ずしも海外を前提としない業務領域であってもUSCPA資格保有者が評価されるようになっている。
つまり、学習者は自身の志向に合わせて資格を「選択できる」時代になったのである。
国内の深い監査実務への対応、あるいは独立開業を視野に入れ、強靭な論理的思考力を証明したいのであれば、日本の公認会計士資格が強力な武器となる。一方、早期からクロスボーダー案件に関わりたい、英語を共通言語としたグローバルビジネスの現場で即戦力として活躍したいと考えるのであれば、当初からUSCPA試験にチャレンジすることや、日本の資格取得後にキャリアの幅を広げるためにUSCPAを追加取得することは、極めて合理的な選択肢となる。
資格試験は、時代の要請を映す鏡である。日本の公認会計士試験は、今回の英語出題を一つの契機として、将来的にはCBTの導入なども視野に入れつつ、より実務的な適応力を測る試験へと進化していく可能性を有している。対するUSCPA試験は、2024年に行われた新試験制度(CPA Evolution)への移行に見られるように、ITやデータ分析などの最新の実務トレンドを迅速に試験形式に反映させることで、資格のグローバルな価値を維持・向上させている。
これから会計プロフェッショナルを目指す方々は、試験制度の表面的な変化に一喜一憂するのではなく、その背後にある「求められる能力の変化」を見極めるべきである。
ビジネス環境やテクノロジーがどれほど変化しても、「ビジネスの言語」である会計の識を用いて客観的な視点から信頼性を担保するというプロフェッショナルの本質的価値は変わらない。両試験の今後の進化の行方を見据えつつ、その背景まで理解し、自らのキャリアを主体的に切り拓いていくことこそが求められる。